引きこもり大学生の雑記帳

引きこもりだった名大生の頭の中を覗いてみましょう

田舎の浮きこぼれだった時の話

 こんにちは。パッパギーです。先日休学に至るまでの経緯について書いてみました。
 今回は大学入学よりもっと前に遡って、私が引きこもるに至った原因を探ってみたいと思います。
 

 

田舎では教育熱心なほうだった

 私の故郷は北海道の片田舎で、マックもスタバもなくて、イオンさえもない非常に不便な場所です(なぜかしまむらはあります)。同級生も周りの大人も、大半は地元の小中学校を出て地元の高校に進学し、そのまま地元に就職していました。私の親戚も例外なく高卒ばかりで、最寄りの地方都市に住んでる数人のみ大卒だったと記憶しています。
 そんな均質な環境の中では私の両親は異質で、私が生まれる前から「この子が望むなら大学に進学させよう」と考えていたそうです。高卒で就職するのが常識の世界で、親が大学進学という考えを持っている時点で、私は相当恵まれていたんだと思っています。
 

浮きこぼれ」だった小中学生時代

 小学生の頃のあだ名は「漢字博士」でした。漢字のテストで満点ばかり取っていたからです。もちろんテストには授業でやった漢字しか出ないので、その時は「こんなの勉強しなくても余裕じゃん」と思っていましたが、周りのレベルは満点を取ったら目立つくらいだった、ということです。蛇足ですが「漢字博士」の好きな教科は算数でした。数字や図をいじるのが好きだった記憶があります。
 漢字テストだけに限らず、他の教科もたいして勉強せずに大体学年で1番の点数を取っていました。いわゆる浮きこぼれというやつですね。「浮きこぼれ」という言葉に耳馴染みがない方もいるかと思いますが、Wikipediaによると、
 
生まれながらにして高い知能を有していたり、通などによって高い学力を身に付けたり、もともと学習意欲が高かったりする、極めて優秀な児童、生徒が、通常の学校の授業内容に物足りなさや疎外感を持ったり、実際に他の生徒から疎外されたりすること。
 
 
だそうです。たしかに学校の授業は退屈だったし、周りと話が合わなくて1人でいる時間が長いほうだったので、私に当てはまりそうです。
 中学に入ってもしばらくは「やらなくてもできるタイプ」でしたが、中2の頃になるとさすがに限界が見え始めてきました。徐々にテストの点数が下がっていったのです。これはまずい、と思った私は、親にお願いしてちょっと遠いところにある、そこそこ評判の良い塾に通い始めました。週に1回、汽車で片道1時間半程かけて通っていました。夜帰ってくるのは9時ごろだったし、中学生にとっては結構しんどいはずですが、楽しかった印象の方が強く残っています。授業のペースが学校より速く、どんどん先取りして進むので、新しいことをたくさん吸収するのが新鮮で面白かったのでしょう。また、仲間たちだけでJRに乗って都会(と当時は思っていたが実際は地方都市)に行くのが、非日常感があってワクワクしていたんだと思います。ほら、中学生ですから。
 塾に通い始めて成績はうなぎのぼりでしたが、その結果周囲との差は開く一方でした。学校の授業の内容は塾で先取りされてしまうため、以前より輪をかけて退屈になりました。かといって授業中に塾の教材で内職していると先生に怒られるし、もうどうすればいいかわかりませんでした。当時の友人曰く「先生も周りの生徒も手を付けられない状態だった」そうです。
 

浮きこぼれ」を解決するには

 「浮きこぼれとは言うけど、学校の成績がいいなら問題ないじゃないか」という意見もありそうですが、私はそうは思いません。なぜなら浮きこぼれという問題の本質は、「その人のレベルにあった教育を受けられない」というところにあるからです。私の場合、中2から通い始めた学習塾のおかげで大分救われましたが、様々な事情があって塾に通えない子もいるはずです。欲を言えば、学習塾は受験対策に特化した詰込み型の勉強をする場なので、本質的な学習とは大きく異なったものであることを忘れてはいけません。私の場合、表面では点数は上がったのもあり、親共々そのことに気づかなかったのが後に痛手となりました。
 
 では、「浮きこぼれ」という問題を解決するにはどうすればいいのでしょうか。もっとレベルの高い学校に入学・転校する、というのが個人単位でできる手っ取り早い解決法だと思います。しかし、私が生まれ育ったような辺境の地には、私立や国立の学校は存在しないので、親子ともども大都市に引っ越す必要があり、現実的ではありません。
 
 そこで私が考える一番の解決策は、公的なサポートを充実させることです。具体的には、学校の授業を習熟度別にクラス分けしたり、早い段階から教科ごとの飛び級や落第を導入したりなどが考えられます。人には分野によって得意・不得意があるのに、年齢だけで輪切りにするのは安直すぎるでしょう。また、民間ではなく公的なサポートが必要だと思うのは、経済的な格差で選択肢が奪われないようにするためです。裕福な子も貧乏な子も、自分に合ったペースで学べる環境が必要だ、というのが私の考えです。
 

まとめ

 生まれてからずーっと浮きこぼれっぱなしだった私の過去を通して、「浮きこぼれ」という問題を解決するにはどうすればいいか、考えてみました。現実的ではない理想論であるのは重々承知なので、「若造が偉そうにほざいているなあ」と思っていただければ嬉しいです。